訪問看護ステーションの立ち上げについての情報はインターネット上にもたくさんあります。ただ、残念ながら、経営者が最も苦しむ点について強調する内容が少ないと感じています。
その結果、「思い」を持って起業をしたものの、想像以上の苦しみを味わうことになり、事業の存続を断念せざるを得ない方も多いように思います。
フランチャイズ含め、訪問看護事業の起業支援サービスなどを展開している会社などは当然、「起業する本当の難しさ」を伝えませんし(商売になりませんからね・・)、なかなか伝えきれないという側面もあるでしょう。また、起業を思い立ち、気持ちが高ぶっている人に冷や水を掛けることは余りしないように思いますし、自社のサービスを買ってもらうためには仕方のないことでもあります。
実際、思いに任せて起業をし、何とか軌道に乗っているケースもたくさんあるでしょう。しかし、その陰で、なけなしの金を払って起業をしたものの上手く軌道に乗せることができず借金だけ背負ってしまう方もたくさんいます。看護や介護も含めて労働集約的なビジネスを「顧問」という立場で支援してきたからこそお伝えできる「失敗しないために最も押さえておいて欲しいポイント」をお伝えします。
「人を必ず採用しないと運営できない」ビジネスモデルであること
訪問看護ステーションの開設許可を行政に届け出て運営していくためには、一般の人には耳慣れない「人員基準」というものを守る必要があります。簡単に言うと、国からお金をもらって訪問看護事業を運営するには利用者に安定したサービスを提供するため一定数の人員を確保しなければならない、というものです。訪問看護の場合(訪問介護も同様ですが)必ず常勤換算で「2.5人」の看護師さん(訪問介護であれば介護職員初任者研修課程修了者=旧ヘルパー2級資格保有者)を確保しなければなりません。
これが最大のネックであり、事業の存続を何度も何度も危機に陥れる最大のハードルとなります。
逆に、この点をクリアできるのであれば、労働集約産業でもある訪問看護ビジネスはうまくいく可能性が非常に高いといえます。なぜなら、よほど近隣に周知する(営業する)ことが下手な人ではない限り、また、かなり閉鎖的な地域性と事業所数が飽和しているような場所でサービスを展開しない限りは、今のところお客さん(ご利用者)は増え続けるからです(飽和しているような地域でも、まともな人材を揃えることができる事業所は、時間は通常より掛かってしまうかもしれませんが、生き残れる可能性は十分にあると思います)。
一番怖い起業の流れは、「人ありき」ではなく「事業ありき」で進めてしまうこと
もっともハイリスクとなるパターンは、事業をはじめるスタートが決まっていて(起業支援会社にコンサルフィーを支払った、銀行からお金も借りた、事務所も借りたなど)、「何としてでも人を採用して事業をはじめる」というものです。
このパターンの何がハイリスクとなるのか?
それは、「応募者を選べない」ということです。
訪問看護は当然のことながら、看護師や准看護師などの資格を保有した方を採用しなければなりません。それに加えて、「臨床経験がある方」を求めることになります。いわゆる中途採用です。人を採用するときに、「資格保有者」「経験者」を求めると応募者数がかなり減ることなります。
今年も訪問看護事業の起業を支援していますが、コロナ禍においても想像以上に応募者が少ないということを覚悟しておきましょう。
その結果、募集を掛けたとしても、数人しか応募がなく、それ以上の求人費用を掛けることができない起業段階では、やむを得ず「数人の中から一番良いと思える人を採用する」「応募があった人から即採用する」という流れにほぼ100%に近い割合でなってしまいます。
しかし、ここに「大きな落とし穴」があるのです。
「一定の基準を満たした人が出てくるまで採用しない」という選考ではなく、「一定の応募者母集団から相対的に良いと思える人を採用する」という選考では、ある程度の問題行動を取る人や能力不足が露呈してしまう人を採る確率が「圧倒的に」高いからです。
では、それを回避する方法はあるのでしょうか?
残念ながら、「事業をはじめるための期限を設けた採用」ではほぼ不可能ではないかと思います。でも、わずかながらでも後々になって襲い掛かるリスクをコントロールする方法が「2つ」あります。
1つは、「心構え」です。
「いい人を採用することができた」と思いこまず、適正なサービスを提供できる技術と人間性を備えている人を採用できたのかどうかを見極め続けようとする意思を持つことです。ここで、経営者が惑わされてはいけないのは、豊富な知識や経験、技術があるからといって、その人を過度に認めるようなことはしないことです。組織内における生産性を決定するのは、あくまでも人間性です。豊富な知識や経験、技術があったとしても、人間性に問題があれば、遠からず組織内に不協和音が生じることになるでしょう。
もう1つは、「ルールの徹底」です。
就業規則は従業員数が10人以上となって、労働基準監督署への届出義務が発生するため、10人未満であれば作成義務はありません。ただし、いい人を採用できない環境下においては話が異なります。過去の事例や裁判例等からリスクを想定した就業規則を準備しておくべきです。もちろん、入社時にも誓約書等の必要な書類を入手しておいたほうが身のためです。あまりにも厳格的なものを適用させると、「私たちのことを信用してくれていないのですね・・」みたいなことにもなりかねないので、その辺の匙加減は作成する専門家の技量に寄ってしまいますが・・。
では、「軌道に乗せる確率」を上げる方法はあるのか?
これまで訪問看護ビジネスや訪問介護ビジネスを軌道に乗せられた方とお付き合いをしてきましたが、そういった方々は一様に「真っ当な人材に近い方」を確保したうえで始めています。逆に、真っ当な人材に近い方を確保できなければ、起業しないという判断をすることは賢明です。なぜなら、無用な出費をかなり減らすことができるからです。
ですので、あくまでも「事業ありき」ではなく、「人ありき」。
それを本当に理解したうえで、当初の「思い」を実現するために、労働集約型のビジネスの起業にこぎつけてもらいたいと切に願います。真っ当な人材を確保しても、苦労はあります。しかし、あくまでも「前向きな」苦労です。真っ当な人材を確保しないで始める事業ほど、怖いものはなく、「後ろ向きな」苦労ほど大変なものはありません(一度は経験しないと分からないかもしれませんが・・)。この点は本当に理解しておいてもらいたいと思います。
それじゃ、良い(まともな)人と巡り会わなければ、事業を始められないじゃないか!というジレンマを抱える方もいるかもしれません。それは、その通りです、としか言えません。見切り発車で勢いに任せて事業をはじめて上手くというケースも中にはあるかもしれません・・。しかし、私が顧問社労士として長期的にお付き合いする中で、そのようなケースはほぼありませんでしたし、運よく真っ当な人材に巡り会うことができれば、軌道に乗る確率は高まりますが、明らかに「遠回り」をすることになります。それも当然で、法人の健康度合いは、その法人を成している個々の人次第です。その個々の人が健全でなければ、やがて蝕まれていってしまうことになりますし、一旦病んでしまうと病巣を取り除いて回復するまでにかなりの時間を要してしまうのです。
もちろん、応募者が少ない中で、どうしてもギリギリの人員基準でスタートされる事業者の方はいらっしゃいます。そして、やはり、かなりの確率で従業員との関係性で悩みや問題を抱えることになります。その際に弊所は、どのようにその悩みや問題と向き合っていけば良いのかを二人三脚でサポートしていくようにしています。
応募者を選べない状況の場合は、法律論だけに傾注しない、かつ、人の問題解決に長けた専門家(社労士だから一概に人の問題解決に長けているというわけでもないので、専門家選びは慎重にして下さい)に開業時から寄り添ってもらったほうが費用対効果は高いと思います。
当事務所の場合、起業時のサポートは手間暇が掛かってしまいますが、先行投資的に顧問料を低めに設定したり、就業規則の作成をリーズナブルな金額に設定したりと、起業家を応援する金額に設定しています。
仕事ぶりを知っている人を採用する
「昔一緒に働いていた人を採用することにした」
「別の会社の人だけど、一緒に仕事をする機会が何度かあった人を採用することにした」
このようなケースは、その人の仕事ぶりをある程度は把握できているので、失敗する確率を引き下げます。ただ、ある程度自分の観る目がある人に限られてはしまいますが・・。
同僚として働いていたという点についても課題が残ります。その関係性が経営者と部下となるとその人に給与を支払う主体が自分自身となるわけですから、自分の懐を痛める分、観る目が厳しくなります。そのため、経営者と部下の関係になった途端に「こんな人だとは思わなかった・・」ということは往々にして発生します。
また、それは、別の会社の人だけど一緒に仕事をした経験がある人についても、同様のことが言えますし、別の会社の人であれば捉えていた行動が全体の中の一部であることは間違いないので、見誤る可能性は十分にあるということは頭に留めておいたほうが良いでしょう。とはいえ、「何も知らない人」を採用するよりは、リスクを回避できるはずです(逆に、知っている人だからということで下手に安心して放置してしまうと、後でビックリ・・ということはあり得ますし、これまでもそのようなケースはありました。油断大敵です。)。
自分自身も資格をもっておくと、リカバリーが効く
資格保有者を採用しなければならないビジネスは、その資格保有者がいなくなってしまえば、事業を継続できないという危機に陥ってしまいます。ですので、急な退職者が出てしまった場合、それこそ「期限を決めて事業をはじめる」のと同じ心理状態で、「何とかして採用しなければなならない」という採用モードになるので、ほぼ適正な判断はできません。
しかし、その時、自分自身が資格を保有していれば、急な退職者が出たときに一時的にリカバリーができるので、本当に大変な思いはしますが、「良い人に巡り会うまで採用しない」という方針を貫くことができる可能性があるのです。ただ、それも訪問看護ビジネスでは看護師資格を取得するのは容易ではないため、もともと看護師資格を保有していた方が起業するというケースでしか該当しないように思いますし、そもそもギリギリの人員基準で運営をしていれば、そのようなリカバリーもできないことになります。
怖いのは、繰り返されること
入社後に、「仕事ができない人」「人間性に問題がある人」と分かり、何とかその人に辞めてもらうことができたとしても、「資格保有者」「経験者」という枠組みで採用をしなければならない訪問看護事業は、ふたたび同じ問題を抱える人を採用してしまう確率が非常に高いのが現実です。
一人目ぐらいは何とか耐えることができたとしても、何度も同じような失敗を繰り返すと、人間不信にも陥るでしょうし、経営者がメンタル疾患になってしまう可能性だってあります。今まで何度も実際に目にしてきました。
失敗を繰り返す原因、人間不信に陥ってしまう原因は、あくまでも「採用時に人を適正に選んでいないこと」です。事業をはじめてしまうとなかなかこの「負のスパイラル」から抜け出すことは難しくなってしまうので、事業をはじめる前に、そして、「余裕のある心理状態」のときに、一緒に働いてみたいと思えるような人を選び抜き、また、あらゆる手段を尽くして時間を掛けてでも、何とか探し出し、事業をはじめてもらいたいと思います。
よく「これだけ採用で失敗するのは何か自分に問題があるのではないだろうか?」と考える方もいますが、それについては、「貴方だけではなく、ほとんどの経営者が経験していることです」とお答えしています。中途採用かつ資格保有者という制約のなかで行う採用活動は、どうしても失敗する確率を高めてしまうからです。
さいごに
見切り発車で起業をするのは仕方のないことだと思いますし、いくら情報を集めても最後の最後は、覚悟を決めて飛び込むしかないと思います。飛び込まないと分からない情報も実際にはたくさんありますからね。私自身も若さと思いに任せて社労士事務所を開業した身なので、それを否定するつもりは全くありません(だからこそ、そういう気持ちを持った方を応援したいと思っています)。ただ、人を必ず採用しなければならないビジネスモデルは通常の起業よりも軌道に乗せるまでのハードルが想定以上に高いということを、より多くの方に知ってもらいたいと思います。
ひとり社長で成立する起業なら自分自身の問題なので、努力次第でどうにかなるケースも多いのですが、人に依存しなければならないビジネスは難易度が全く異なります。「まともな人材」に出会うまで「かなりの痛みを伴うプロセス(つまり、採用に何度も失敗するということです」を辿る方が圧倒的多数であり、
・その痛みに耐えることができる精神力があるかどうか、
・利益を出さないまでも何とか事業を維持できるかどうか、
・まともな人材も、まともな経営者を探し求めているはずなので、そういう方と巡り合えるかどうか、
・巡り会えたとしてもそれ相応の処遇ができる体制を整えているかどうか
・また、経営者自身も痛みから多くのことを学び、我欲を制御できる力を身につけていけるかどうか
が鍵となっていくのではないかと思います。
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