採用

「採らない勇気」を持つための“痛み”

求める仕事に全く対応できなかった人(生産性が極端に低い人)を雇ってしまった場合の具体的な「痛み(損失)」を知ることが、採用時に「人を選び抜く」という意思を生み出す、強い働きかけとなります。

ここでは、人材紹介会社を通じて「即戦力となるAさんを採用したケース」を考えてみますので、自社における「過去の失敗した採用」に重ねながら、どれほどの痛み(損失)があったのかを改めて実感してみてください。

その「実感」こそが、健全な組織を構築していく「土台(基礎)」になることは間違いありません。

前提条件:Aさん(有資格者、年齢は40歳)

・人材紹介会社の手数料は35%
・年収は450万円
⇒基本給30万円×12か月+賞与30万×3か月
・通勤手当は月額1万円を支給
・最終的な雇用期間は2年間
・法定福利費※(健康保険、厚生年金、雇用保険、労災)は会社負担分のみで15%

※中小企業が加入する協会けんぽを前提とし、業種は「その他の各種事業(卸売、小売、飲食店、宿泊、介護など)」とします。すべて会社負担分です。
健康保険料率(介護保険含む) 5.815%
厚生年金保険料率 9.15%
雇用保険料率 0.006%
労災保険料率 0.003%
合計 14.974%⇒15%へ繰り上げて計算

※Aさんは、私が設定した仮の人物像であり、実在するわけではありません。

具体的に発生した「経費」

人材紹介会社への手数料

紹介会社の手数料は、年収の20%~35%ほどで、景気が悪いときは低くなる傾向にあるようですが、令和元年が近い今は35%が主流でしょう。年収430万のAさんを採用すると、「157.5万円」の紹介手数料を支払う必要があります。

2年間に発生したAさんの給与

基本給30万円×24か月(2年)=720万円
通勤手当1万円×24か月(2年)=24万円
小計 744万円
※昇給は考慮していません

2年間に発生したAさんの賞与

30万円×3か月×2年=180万円
※生産性が極端に低い人にこれだけの賞与は支給しないという意見もあるかと思いますが、ここでは採用時の約束どおりに支払ったとします。

2年間に発生したAさんの法定福利費(会社負担分)

(給与計744万円+賞与計180万円)×0.15%=138.6万円

上記経費以外の「目に見えづらい負担」

一定の知識や経験をもつ中途採用とはいえ、入社した会社で新たな仕事をするには、まず「情報」を伝えていかなくてはなりません。マニュアルがあればマニュアルを見せて説明し、マニュアルでカバーしきれていない部分やマニュアルがない場合は、上司や同僚が仕事をするに当たって必要な情報を伝えていく必要があります。

しかし、生産性が極端に低い人の一部は、学習意欲もなく、情報を積み重ねていくこともせず、失敗に対しても無頓着という行動を継続的に示すため、何度も情報を伝えていかなければなりません。

また、何度伝えても「暖簾に腕押し」的な無力感を感じることになります。このときの上司や同僚の労力や精神的負担は相当に重いものがあり、状況次第では周囲の方が会社を辞める決断をしてしまう引き金にもなりかねないものです。

退職を勧奨するときの精神的負担と解決金

指導を続けても改善されない、顧客からも「あの人を担当から外してくれ」と言われる、上司や同僚のサポートも限界、経営者自身もこれ以上フォローできない・・となると、解雇することは容易ではないため、まず本人(Aさん)と向き合って退職を勧奨することになるでしょう。

Aさんに家族がいれば、家族(特に配偶者の性格)のことも考えなければなりませんし、転職するに当たって年齢も重要になってきます。Aさんを雇用した責任を全うするためにも、Aさんの気持ちに少しでも寄り添いつつ話し合いをしなければ、退職勧奨がスムーズに進むことはありません。

また、話し合いがスムーズにいけば、解決金も少額で済むケースもあるでしょう。「中小企業のほうが法令で解雇の解決金制度が導入されると都合が悪くなるのではないか・・」と私が考えるのは、現実的にはこのようなケースが多いからです。

逆に、その話し合いがスムーズに進まず、労働審判などの民事紛争解決手続きに進展してしまえば、弁護士さんに支払う費用や過去の情報の整理に要する時間など相当程度の出費(痛み)や拘束時間を覚悟しなければなりません。

経費のまとめと「Aさんを採用した意義」への解釈

総括すると・・

●具体的な経費 計:1220.1万円 ※内訳は以下のとおり
・紹介手数料 157.5万円
・人件費   744万+180万=924万円
・法定福利費 138.6万

●目に見えづらい負担や損失(α)
・経営者・上司・同僚がAさんの指導に要した時間や精神的負担
・事務手数料
・社外の風評、顧客離れ、売上減少など

【合計:1220.1万+「α」】 ※退職勧奨等の解決金含まず

具体的な経費だけで約(1220万)

それだけ人件費というのはバカにならない・・ということを物語っていますよね。

また、「+α」の部分も見逃せません。

この負担や損失は数字では表しづらいものですが、期間が長ければ長いほど、その負担や損失はさらに膨張し続けることになり、数百万単位の負担や損失になるといっても決して言い過ぎではありません。

Aさんを雇い入れて、少しでもプラスになった部分もあるでしょう。
会社によっては、新しく入った人が制度やルールがないことに言及してきたため、就業規則や人事評価制度を整備できたという会社もあるはずです。

作成や制度構築に意味があったかどうかは別として、法的に必要なものがあれば、その点においては意味があるかと思います。

ただ、実際、2年間雇用して、一切戦力にもならず、辞めてもらいたいという状況になれば、「生産性が極端に低い人だった」と認めざるを得ず、「あの採用に一体何の意味があったのだろうか・・」と、思わず深い溜息をついてしまいたくなるのではないでしょうか。

痛みは必然。しかし、その痛みを活かせるかどうかは・・

イメージしてもらいたいこと。

それは・・

「1220万に加えて、目に見えづらい経費や数々の精神的負担を予測できたとしたら、その人を採用しましたか?」

ということ。

多くの方は、間違いなく「採用しません」と回答するのではないでしょうか。

しかしながら、「雇ってみなければ分からないため、仕方ないのです」とも答えるでしょう。

ただ、もし、多大な経費がかかることを「事前に」見通すことができていたのなら、
「採用にかける労力や経費を見直してみてもいいかもしれない・・な」と思いませんか?

「使える人材かどうか分からないから、採用にあまりお金をかけたくない」という気持ちは分からなくはないのですが、「当たるも八卦当たらぬも八卦」というような採用をして、その後の経費を受け容れる・・のではなく、どうせなら、その経費を採用のときに少しでも良いのでかけてみてもいいかもしれない・・と転換してもらいたいのです。

今回のケースで言えば、「1220万+α」。

この全額を採用に全部回したほうがいいといってもキャッシュフローの問題や納得がいかない部分があると思います。

ですので、その半分でも、3分の1でも良いのです。
それが「意義のある採用」、「失敗しない採用」に投下されるのであれば、間違いなく付加価値の高い投資だと思います。

※結果として、採用できなかった場合でも、目に見えづらい経費やさまざまな精神的負担は発生しなくなります。

採用を変えることは、組織を健全化する方向へ舵を切ること

採用に対する認識を変えることは容易ではありません。

私も当初は採用にそれだけのお金をかけることに物凄く抵抗感がありました。

ただ、顧問社労士として、多くの会社が中途採用に失敗し、大きな痛みを抱え、時には会社の根幹を揺るがすような労使トラブルに遭遇する場面を見るにつけ、この考え方は決して間違いではない(合理的だ)と思うようになりました。

また、私自身も、採用による痛みを抱え、そのお陰で採用に対しての認識を変え、選考手法を変え、超零細企業にも関わらず、生産性の高い(リスクのない)人材を採用することに舵を切った人間です(痛みを味わう前に認識を変えたかったのですが、残念ながらそれはできませんでした‥。)。

「応募者がそもそも集まらないから選べない」という現実もあります。

しかし、それも採用で失敗したときの痛みを実感(認識)することをキッカケとして、変えていくことができるはずです。

「組織は人なり」

使い古された言葉かもしれませんが、組織に所属する個々の人格が、最終的には法人としての人格を決めるということに疑いを持つ人はいないでしょう。

したがって、組織を変えていきたいのなら、その人格を形成する入口(採用)を変えていかなければ、いつまで経っても、組織が変わることはありません。

不健全な組織にいくら制度やルールを導入しても一向に変わる気配が見えないのは、入口(採用)を変えていないからです。

それでもやはり、

「ハードル、高いな・・」

と思いますよね。

私もそう思います。

大企業には大企業の強みもありますが、組織を構成する人間が多いだけに、「組織を変えていく」となると、中小企業以上に時間も体力もお金も必要になります。

ですが、組織規模の小さい中小零細企業だからこそ、「組織は変えていきやすい」と言えるのです。

会社を守るためにも、不幸な採用をなくすためにも、一度「痛み」を目に見える形にしてみませんか?

ABOUT ME
組織人事コンサルタント・社労士 養父(ようふ) 真介
1977年生まれ。福岡生まれ大阪育ち、東京都杉並区在住。◆大学在学中の1998年に社労士資格を取得。◆コネなし・経験なし・僅かな資金で2008年に独立。◆2010年に「人の問題解決」に必要な根幹技術となる「アセスメントセンター」という「能力診断技法」の専門家を擁する概念化能力開発研究所の奥山氏と出会い、数百時間にも及ぶ「人を見極める」という機会を得て、多くの組織が抱える悩みの根源を知る。◆その後、その知見を活かし、クライアントの組織で発生するさまざまな「人の問題」への対応方法について具体的な解決手段を提示し、組織を健全に保つ手助けを生業としている。
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