労働基準法(15条1項)において、使用者は労働者と労働契約を結ぶときは、賃金、労働時間やその他の労働条件を明示しなければなりません。また、必ず明示すべき「絶対的明示事項」については、「書面」の交付が求められています。
なぜ、民法では「口約束」だけで契約が成立するにも関わらず、労働契約においては書面の交付が求められているのかというと、やはり、「労働者保護」の観点です。
経営者と労働者。
労働契約が対等の立場で締結するものといっても、雇われる側の立場はどうしても弱くなりがちです。労働者の不信や不安につながることがないように、使用者には労働者への書面の交付が求められているのです。
2019年4月、電子化が解禁
この時(労働条件明示)の書面の様式自体は通達で「自由で良い」とされていますが、厚労省でもモデル様式を提供している「労働条件通知書」を交付することが一般的です。
・労働条件通知書 【一般労働者用】 常用、有期雇用型 ※厚労省HPより
2019年4月の働き方改革関連法に基づく法改正ではHRテクノロジーが進化していることも踏まえ、この「書面」による交付を労働者が希望した場合に限り、
①ファクシミリ
②電子メール等 ※出力することにより書面を作成することができるものに限る
の送信が認められることになりました。
①はその言葉の通り「FAXによる送信」ですが、②に関しては、
(1)パソコン・携帯電話端末による E メール、Yahoo!メールや Gmail と いったウェブメールサービス
(2)+メッセージ等のRCS(リッチ・コミュニケーション・サービス)や、SMS(ショート・メール・サービス)
(3)LINEやFacebook等のSNSメッセージ機能
が含まれます。
なお、上記(2)のRCSやSMSについては、PDF等の添付ファイルを送付することができないこと、送信できる文字メッセージ数に制限等があり、 また、前提である「出力による書面作成」が念頭に置かれていないサービスであるため、労働条件明示の手段としては「例外的なもの」であり、原則として「上記(1)や(3)による送信の方法とすることが望ましい」とされています。
また、労働者が開設しているブログ、ホームページ等への書き込みや、 SNSの労働者のマイページにコメントを書き込む行為などについては、「電子メール等」には含まれません。考えれば、当然の話ですが・・。
実務上は労働条件通知書より「雇用契約書」
労働条件通知書を適切に労働者へ交付し、会社側に非が認められないにも関わらず労使紛争に発展するケースでは、労働者から
「面接等の場面で話し合ったことと異なるし、通知書は説明もなく送りつけられただけだ!」
「そもそも通知書を受け取った記憶はないし、見た覚えも当然ない!」
などのような自分勝手で一方的な主張を受けることが見受けられます。
法の趣旨が、「労働条件が不明確なことによる紛争を未然に防止することであること」からも考えられる通り、上記のような争点を生むことがないように双方が内容に納得し、締結する形式をとる雇用契約書のほうが良いのです。
この雇用契約書については、法改正前も電子化すること自体に制約があるわけではなかったのですが、書面による交付が労基法(正確には労基法施行規則)で義務付けられていたので、雇用契約書を電子化したとしても、さらに必要な労働条件を書面でも通知しなければならないという無駄な手間が生じていました。
今回、労働条件明示の電子化が解禁されたことで、この無駄な手間は不要となるため、利便性はグッと高まるはずです。
管理する社員が多ければ多いほど、その作業に対する工数が多くなるわけですから、今後、雇用契約書をクラウド上で締結できるサービスが普及していくことは間違いありません。
契約締結場面を“貴重な機会”として捉える
労働契約書の内容を説明したとしても、労働者もきちんとすべてを的確に理解した上でサインをしているわけではありません。その分野に対して一定程度の専門知識を有していれば話は別ですが、人は物事を認識するに当たって、一定程度の時間を要してしまうものだからです。
また、実際、労働者が正確に契約書の内容を把握していなくても、給与、労働時間、休日や休暇など以外で大きな支障が出るということもありません。
しかし、ある意味、本気を出して読むのは、会社と「何か」があったときです。
そのときに会社側の不備がないように、経営者や管理者が法改正なども考慮した内容で作成し、労働者へ丁寧な説明をした上で、合意をしてもらうようにしておきましょう。
もちろん、このような対応をしていたとしても、労使トラブルに巻き込まれるときは巻き込まれてしまいますが、会社側もやるべきことをやった上でないと、「義務と権利のバランスを崩した労働者」に対して堂々と主張することができなくなってしまいます。
電子化等の利便性が高まること自体は推進すべきことだと思いますが、人とのコミュニケーションまで効率化していくことができるわけではありません。
経営者や管理者は、新しく入社する方がどのような人かを見極めるための一つの大事な場面としても、また、自社で人生の大切な時間を費やしてくれる人に対して真正面から向き合う場面としても、労働契約を締結する際の貴重な接点(どうのような言動をするのか)を活用してもらいたいと思います。