労務管理

はじめて人を雇う経営者にこそ知っておいてもらいたい退職と解雇の基礎知識

「新しい人を採用して、事業やサービスを拡大・拡充していく」という希望に満ちた企業の採用が「失望」に変わることは決して珍しいことではありません。中には、廃業を決めたり、身売りを決めたりと「絶望」に至るケースも顧問社労士という立場で見てきました。

夫婦関係に例えるなら、幸せに満ちた結婚をしたカップルのうちのどちらかが、時間の経過とともに他方への不満を持つ中で「忍耐の限界」に達し、何かの出来事を引き金として「もう別れるしかない」と判断するプロセスと大きな違いはないでしょう。

日本の法律は、企業にとって採用は比較的自由度が高く行うことができる一方で、解雇はひとたび訴訟になれば企業側に想像以上の厳しい判断が下される傾向にあります。

「そんなんじゃ簡単に人を雇えないじゃないか!」

と思ってしまう経営者もいるとは思いますが、労働契約が形式的には「対等」に締結されるとはいえ、どうしても「企業側に主導権を握られてしまう労働者」は立場が弱くなってしまう関係上、やむを得ないことです。ちなみに、「簡単に人を雇ってはいけない」のは、簡単に結婚を判断しないのと同様に人の人生を左右することになるので当然です。

今回は、はじめて人を雇う経営者にこそ知っておいてもらいたい退職と一般的な解雇(整理解雇や懲戒解雇を除く)にまつわる最低限の知識をお伝えします。この知識を知っておくだけでも労使トラブルに発展することを未然に防げるかもしれないので、是非お時間のあるときに一読してください。

リスクのない「自主退職」

経営者が

「もうこの人(社員)と一緒に働けない」

となったとき、その人(社員)も同じように考えていて、退職の意思を申し出てくれれば何も問題はありません。ただ、労働者が退職の意思を口頭のみで伝えるケースもあり、あとで「言った言わないの水掛け論」に発展しないためにも、A4の紙に手書きでも構わないので、一筆(以下の退職願や退職届)を必ずもらうようにしておきましょう。

「退職”願”なら退職する意思を撤回する余地ができてしまうので、退職”届”のほうが良い」という議論もありますが、労働者はあまり細かく意識はせずに提出するのが一般的でしょう。

「退職願」にしろ「退職届」にしろ、会社としてその意思を承認するなら、退職願(届)を受理後、すみやかに「退職願承諾書」を発行するということを退職手続きの一連の流れにしておけば安心できます。

 

しかしながら、都合よく双方の意思が一致しないケースが多いので経営者も頭を抱えることになります。

その際、一足飛びに「解雇(いわゆる”クビ”)」を選択するのではなく、「退職勧奨」という手段を視野に入れてください。

「退職勧奨」を模索する

退職勧奨は、企業側が一方的に契約を解除する解雇と違い、経営者(企業側)から「このまま一緒に働いてもお互いにとってプラスになることはないから、退職してもらえないだろうか?」と労働者本人へ退職を勧めることです。そのため、合意するかどうかは労働者次第。

退職合意書の中身は、以下のような内容を盛り込み、労働者が労働契約解除に同意できるラインを模索していくことになります。交渉が成立すれば、入社時に締結する労働契約書のように双方合意のもとで「退職合意書」を締結します。

・自己都合退職にするのか、それとも、会社都合退職にするのか
・退職日をいつにするのか
・未払いの給与をいつどのように支払うのか
・特別退職金などの上乗せをするのか
・年次有給休暇が余っていれば、その処理をどうするのか

ただし、経営者が真摯に労働者と向き合っても、話し合いが成立しないケースもあります。仕事内容や労働条件の変更、配置転換等のどの選択肢も取ることができないときは、最終手段である「解雇」を検討していかなければなりません。

退職勧奨時に気を付けることは、対象となる労働者から「退職強要」と捉えられないように、執拗に説得したり、長時間拘束したりしないことが重要ではありますが、私がもっとも大切なことと考えているのは、

対象である労働者を一方的に責める姿勢を取らないこと

です。

確かに退職勧奨をせざるを得ない問題行動の数々があるかと思います。しかし、その労働者を採用したのは、あくまでも会社であり、会社には採用を決定した責任があります。一般的に「問題視される数々の行動」は、教育や指導で簡単に是正されるものではありません。しかしながら、組織に悪影響を及ぼすような行動を放置せず、根気強く改善指導を繰り返していくことが重要です。

また、退職勧奨の担当者は、「相手の話を真正面で受け止めながら感情の抑制もできる人」でなければなりません。退職勧奨自体、非常にストレスフルな行為であり、心の強さが求められます。状況によっては、対象となる労働者側が話し合いのなかで感情的になることもあるでしょう。そのとき、担当者まで感情的になってしまったら、収拾がつかなくなります。こちらの希望を伝えつつ、退職者の感情を受け止めながら、会社と退職者双方にとって、納得できる道筋をつくり出していくことのできる人に対応してもらうようにしましょう。社内にいなければ、サポートをしてくれる社労士等の外部の専門家を頼ってください。

最終手段としての「解雇」

先述の退職勧奨を行っても会社に留まる判断をする労働者には、それ相応の理由があります。たとえば、

・「他社へ転職すると今の処遇(給与や福利厚生など)は維持できなくなり、今の生活レベルを下げなければならない(家族を養えない、家のローンが支払えないなど)」

・「年齢などが影響して、簡単に転職できない」

・「今の会社の居心地がいい」

・「自分は何も悪いことはしていないのに、辞めさせられるなんておかしい」など

労働者には生活もあり、譲れない事情もあります。精神的負担の重い話し合いを重ねても、この会社で働き続けたいという意思があるのであれば、解雇後の労使紛争を想定して対応していかざるを得ません。

解雇は、労働基準法と労働契約法の2つのハードル(法律)をクリアする必要があります。「労基法第20条」上のハードルは次のとおりです。

① 少なくても30日以上前に解雇予告をする

もしくは、

② 解雇予告手当として、30日分以上の平均賃金を支払う

※平均賃金を何日分か支払った場合はその日数分予告期間が短縮されます

この内容をクリアすることは常識のある会社であれば容易でしょう。問題は、次の「労働契約法」上のハードルです。

労働契約法第16条には、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

とあります。

正直なところ、「何を言いたいのかわからない・・」と思いませんでしたか?

非常に抽象的な表現ですよね・・。

労基法上のハードルをクリアしたとしても、この労働契約法上の抽象的なハードルをクリアできなければ「雇う側の権利の濫用に当たり、違法(=不当解雇)」となります。

企業側に雇う自由も解雇する自由も与えてしまえば、働く労働者の生活が不安定になってしまうため、当然と言えば当然かもしれませんが、企業側には、この労働契約法16条というハードルをクリアするために、採用した責任を果たす”義務”が重くのしかかってきます。

「妥当な解雇」とは?

その解雇が正当かどうかは、労働審判や民事訴訟に至った場合に、労使双方が提出する「根拠書類」によって裁判所が判断します。

極論を言えば、客観的に見て不当な解雇だったとしても、労働審判や民事訴訟に至らなければ、その解雇の正当(有効)性は問われません(世の中には表面化していない労使紛争は山ほどあります)。したがって、労働審判や民事訴訟に至ってしまったからこそ、解雇の正当(有効)性が問われるとも言えるかと思います。

さきほど、「労使双方が提出する書類によって裁判所が判断する」とお伝えしましたが、もっとも大事なポイントは「その労働者を解雇したのはやむを得ない」と担当する裁判官に判断してもらえるかどうかです。その解雇がどう考えても企業側の「都合のいいもの」であれば、裁判官の心証が良いはずはありません。

また、企業側には「採用した責任」が問われることになり、どんなに問題行動の多い人であれ「一定の指導努力」が求められることになります(もちろん、横領等の限度を超えた行動は話が別です)。企業側が何も努力せずに、労働力を搾り取れるだけ搾り取って、切り捨てることを良しとしないのは当然のことです。実際は、何一つ生産的な活動ができず、会社に損失だけを与えてしまう人も残念ながらいるわけですが、それでも会社は採用責任を負い、一定の「指導する努力」が求められます。

ですので、組織マネジメントの要諦として、「労働者が問題を発生させたとき」に、その問題を決して流さず、面倒であっても1つ1つきちんと向き合う必要があるのです。そのとき必要とされるのは、「注意指導書」などの企業側が問題行動の改善のために取り組んだ根拠書類です。

しかし‥

人的資源が限られ、経営者が人事全般を担っているような小規模企業においては、この対応に時間を割けるほどの余裕がありません。また、対処しようと思った時にはもう手遅れの状態になっていることもしばしばです。したがって、やれることをできる限りやったうえで、あとは覚悟を決めて解雇を通知するしかないという事態に陥ってしまうかもしれません。このようなハイリスクな選択肢しか残らないような事態を避けるために、人をひとりでも雇う経営者は積極的に人の問題に関わってくれる社労士や弁護士等の専門家を探し出し、些細なことでも相談できる体制を整えておきましょう。

当事務所は、労使紛争が深刻化しないように、法的なサポートはもちろんのこと、対象となる労働者の心理分析や経営者のメンタル面も含めてサポートを行っています。お困りのときはご連絡ください。

 

”負の側面”から目を逸らさないことが「組織マネジメントの要(かなめ)」の1つ

起業をする経営者は、自分の事業の「やめどき」を考えず、希望と期待を胸に起業をします(私もその一人です)。事業が順調にいけば良いのですが、事業がうまくいかなかったとき、その判断を見誤って、損切りができず、中には大きな損失を抱えて廃業する方もいます。

人を雇う経営者も、希望に満ちた採用に思いを馳せるとともに、組織マネジメントの負の側面となる「社員と別れなければならないときにどうするか」をあらかじめ考えておく必要があります(実際はなかなかそうはいかないんですけどね)。

採用をした企業には、先述のとおり、その人を指導する一定の努力が求められますが、その努力にも限界があります。また、人間にはどうしても変えられない部分があり(この記事を参照してください)、その変えられない部分が許容できないことによって忍耐の限界に達し、「この人(社員)と一緒に働きたくない」という判断を下すことになります。

現実的に、人を雇って事業運営を行う経営者のうち、この退職勧奨や解雇という「後ろ向きな労務管理」と向き合わないで事業を継続できる運の良い人はごくごく僅かでしょう。ある意味、人を雇って事業運営を行う経営者に必ず立ちはだかる「壁」と言っても差し支えないぐらいです。

労使双方が不幸な結末を迎えないためにも、退職勧奨や解雇という負の側面も踏まえて「採用の方法」を今一度見直すというのは、会社を成長・発展させていくためには避けては通れない道程と思います。

後ろ向きな労務管理は避けたいと考えている経営者の方へ

人的リスクを極小化できる方法は、世の中に存在しますが、残念ながらほとんど周知されていません。もし、徹底した入口(採用時)のリスク管理を行いたいのであれば、採用アセスメントという能力診断技法を知ることからはじめてください。

 

ABOUT ME
社会保険労務士 養父(ようふ) 真介
福岡生まれ大阪育ち、東京都杉並区在住。◆大学在学中の1998年に社労士資格を取得。◆コネなし・経験なし・僅かな資金で2008年に独立。◆2010年に「人の問題解決」に必要な根幹技術となる「アセスメントセンター」という「能力診断技法」と出会い、数百時間にも及ぶ「人を見極める」という機会を得て、多くの組織が抱える悩みの根源を知る。◆その後、その知見を活かし、クライアントの組織で発生するさまざまな「人の問題」への対応方法について具体的な解決手段を提示し、組織を健全に保つ手助けを生業としている。
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